2026.10.22
毎日の調理で、何気なく手に取る道具。シンプルに見えるその形にも、使うなかで生まれた「もう少し、こうだったら」が詰まっています。今回は「調理もできるスパチュラスプーン」と2026年度グッドデザイン賞を受賞した「つぶしやすいスプーンマッシャー」、2つの道具が生まれるまでを聞きました。
【スパチュラスプーン・スプーンマッシャー プロダクト担当】有馬
―製品を開発するとき、どんなことを大事にしていますか?
使いやすさはもちろんですが、シンプルな道具だからこそ、見た目の美しさや、手にしたときの感触まで大切にしています。キッチンツールに限らず、マーナのものづくりはそこを大事にしているんです。
使いやすくても、形が不格好ではよくないし、きれいな形でも、握ったときに違和感があれば使いにくい。どちらか一方ではなく、両方がきちんと成立するバランスを追求しています。
―そのバランスは、実際に使いながら探っていくのでしょうか?
自分で使って初めて気づくこともありますし、試作したものをほかの人に使ってもらって気づくことも。そうした反応をひとつずつ検証しながら調整していきます。
―「スパチュラスプーン」は、ご自身で使うなかでの気づきが、開発のきっかけになったそうですね。
もともとマーナには別のスパチュラスプーンがあって、自分でも気に入って使っていたんです。使っているうちに、「もう少し細いものがあれば」と思う場面が出てきました。細い調味料の瓶には入らなかったり、ジューサーやブレンダーの刃のまわりまでは届かなかったり。
―そこから、今のスパチュラスプーンの形に至るまではどのように考えていったのでしょうか?
ヒントになったのは、個人的に使っていたシリコーン製のスプーンです。ブレンダーの刃のまわりまで、きれいに取りたくて。私、けちんぼなんです(笑)。今回開発した「スパチュラスプーン」は、先端を細くすることで、容器の隅や刃のまわりまで届きやすくしました。
そして、こういったコンパクトなシリコーン製のスプーンは調理にも便利なのですが、もともと調理用ではないので、使っていると「もう少し長ければいいな」「途中でちょっと置けたらいいな」と、さらに欲しい機能が見えてきて。「調理用にも使えるものにしたい」というところがはじまりでした。
(たくさんの試作で検証を重ねた)
―「調理に使いやすく」という点で、長さも重要だったのですね。
加熱調理に使うなら、火元から手を離して安全に使える長さが必要です。一方で、海苔の佃煮のようなものをすくって、そのまま食卓でも使えるようにしたかったので、長すぎると今度は邪魔になってしまいます。キッチンで使いやすく、食卓に置いても違和感がない。そのバランスを考えて今の長さになりました。
(左が完成品。適度なしなりを追求)
―先端だけ少ししなる仕様ですね。
容器の隅まで入ってきれいにかき取るには、先端が柔らかすぎず適当なしなりが必要と感じました。シリコーンゴムは硬度の異なるものをいくつも試して、最後は先端の縁の厚みで調整しました。スプーンの両端は瓶や鍋の側面をこそぐときには、きちんと力が伝わる硬さも必要なので、先端より少し硬めになっています。
―さらに、置いたときに先端が調理台につかないよう工夫されています。
置いたときに支えになる部分の位置や形を決めるのに、3か月くらいかかりました。台に接地する面がスプーンの近くまで長いと、瓶詰などに使った時に食材が付着して、調理台も汚してしまう。かといって、接地面が短いと今度は置いたときに安定しにくくなります。
安定させるために柄を薄くして接地面を広げたり、接地面と側面の間を角張らせたりすることも試しましたが、今度は握り心地がよくありませんでした。反対に、丸みをつけると倒れやすくなってしまう。
―ひとつをよくすると、別のところに影響が出てくるんですね。
そうですね。置きやすさだけを考えるなら、もっと方法はあると思います。でも、置くことがメインの道具ではなく、やっぱり使うことが一番大事なので。調理中は急いでいることもありますし、いつも丁寧に置けるとも限りません。使いやすさや握り心地、見た目まで含めて調整を重ねることで、今の形にたどり着きました。
―もうひとつの「スプーンマッシャー」も以前の商品を愛用していたことが出発点だったそうですね。
販売していたスプーン状のマッシャーがすごく好きで、愛用していたんです。それまでマッシャーを持っていなかったのですが、使ってみたらすごく便利で。じゃがいもをつぶすだけでなく、そのまま混ぜられるし、先端を使って割ることもできる。そこは引き継ぎたいと思っていました。
―気に入って使っていたからこそ、気になるところも見えてきたのでしょうか。
はい。ひとつ気になっていたのが、つぶす面に開いていた穴です。じゃがいもが穴に入り込んで、洗ったつもりでも残ることがありました。濡れているときには見えないのに、乾くとふわっと出てくるんです。濡れている間は、忍者のように隠れているんですよ(笑)。使いながら、「そもそも、この穴は本当に必要なのかな」と考えるようになりました。
それで、同じマッシャーを使っていた社員にも「穴に汚れが残るのが気になるか」聞いてみたら、同じように感じている人がいて。好きな道具だからこそ、その良さは残しつつ、より使いやすくできないかと考えました。
(先端で食材を割り、裏側でつぶせる仕様)
―良さを残しながら、どんなところを見直していったのでしょうか?
大きく見直したのは、気になっていた穴を無くすことと力をかけやすくする柄の部分です。スプーンとして使えることや、先端で食材を割れるところは残しながら、より使いやすい形を探っていきました。
―どのように考えていったのでしょうか?
ボウルの中の食材をきれいに集められるよう、最初は先端にシリコーンをつけることも考えました。ただ、シリコーンをつけると、食材を割るための形を先端につくりにくくなります。それなら、裏側に突起をつけて割れるようにしてはどうかと考えました。
でも、試作品を実際に使ってもらうと、こちらが想定したようには使ってもらえなかったんです。実際の様子を見ていると、食材を割ろうとするときは、みなさんそのまま先端を当てるんですよね。こちらで使い方を決め込むのではなく、使う人が自然に動かせる形がいいんだと気づいて、以前の形を活かすことにしました。裏側は、食材をつぶす時に滑りにくくしながらも、食材が詰まりにくいように、なだらかな曲面でできた格子状の突起をつけました。
―柄の部分も、かなり試作を重ねたそうですね。
先端や柄の形を変えながら、何十本もサンプルを作りました。つぶすときに体重をかけられるよう、最初は柄の上端をL字型にすることも考えましたが、持ち替えるときに邪魔になるという声があって。つぶしたあと、そのままスプーンとして使うには、取り回しがよくなかったんです。
柄の角度もかなり調整しました。いろいろな人に使ってもらうと、身長や手の大きさによって、握る位置も力のかけ方も違います。力のかけやすい角度とスプーンとしての使いやすさ。実際に使う様子を見ながら、そのバランスを取っていきました。
―完成した製品が実際に使われているのを見て、どんなふうに感じていますか?
有馬:発売前のモニターで試した社員の多くが、その後も使い続けてくれていると聞いています。当たり前のように使ってもらえていたら嬉しいです。
これからも、使ってくれる人の「もう少し、こうだったら」を大切にしていきたいです。
写真:井手 勇貴
文:高野 瞳