よみもの

2024.9.20

定番をもっと使いやすく。「きほんのキッチンツール」のこだわり

300種類以上のキッチンツールをつくってきたマーナの定番として生まれた「きほんのキッチンツール」。「当たりまえの道具がここまで使いやすくなるんだ」という驚きの声も届いています。その理由を開発者の熱量あるこだわりから紐解きます。

【きほんのキッチンツール プロダクト担当】有馬
 
▼目次
1.きほんに忠実に。「マーナの定番」を目指して
2.既成概念にとらわれず、潜む“もやり”を解消
3.長所は最大限活かし、短所は最小限に
4.カラーから穴の形まで。こだわり抜いた美しさ
 

きほんに忠実に。「マーナの定番」を目指して


きほんのキッチンツールのうち、有馬が開発したアイテム)

─まず「きほんのキッチンツール」が生まれた背景から聞かせてください。

マーナとして定番のキッチンツールをつくろうということで、アイデアありきではなく、現状のリサーチから始めました。みなさんが既存のツールのどこに“モヤモヤ”を感じているのか。それを発掘し、解消できるような商品を提供したいと。私を含めた3人のプロダクトデザイナーで全9アイテムの開発を進めました。

あらゆる既存のキッチンツールのレビューを読み込んで、気になるものは購入して自ら使って、社員にも試してもらって観察して……。定番ってなんだろう?その答えを考え尽くしました。

─解消したいモヤモヤ、そこから導き出した定番とは?

定番には、迷いを感じることなく自然と手が伸びる使いやすさがあります。機能性の良さはもちろん、料理で使う手が痛くならず疲れないこと。お手入れが簡単で清潔に保てること。重くなくて、鍋底など他のツールに傷がつかないこと。

きほんに忠実に。そのうえで、各ツールに求められる役割がちゃんと果たせるものをつくろうと具体的な開発がスタートしました。

 

既成概念にとらわれず、潜む“もやり”を解消

 
─ここからは各ツールのこだわりを深堀りさせてください。まずはトングから。クチコミでも「掴みやすい」「洗いやすい」と好評です。

トングが果たすべき役割の一つは、菜箸では掴みにくいパスタなど麺類を掴むことですよね。目指したのは重たい鍋を流しまで持っていかなくても、トング1本で湯切りが完了すること。


(パスタや卵、グリンピースも掴めるトング

先端がピタッと合うと内側に隙間ができて、そこで麺を抱え込むように掴めます。力を入れずともたっぷり掴めるし、ちぎれる心配がありません。尖った先端を下に向けて持てばピンセットのように細かいものを掴めるので、最後の1本まで残さない。

じゃがいもなど大きな食材を掴むときも、内側の凹凸で滑り落ちない設計に。調理中に一時置きができるように、柄には先端を浮かせる突起をつけました。

さらに、分解して洗えて、引き出しにしまうときは左右バラバラで迷子にならないようにカチッと合体できるんです。

─1本のトングにあらゆる機能性が詰まっていますね。

トングの先は熊手型か雲形のものが多いんですが、「こういうものでしょう?」という既成概念にとらわれることなく「こうだったらいいのに」を粘り強く試して形にしました。

 

長所は最大限活かし、短所は最小限に

 
─菜箸も持ちやすく動かしやすいです。

菜箸は、持つ部分のフィット感をあげ、軽い力で使えるように「太めの四角」にしているんです。一方、先端は箸どうしが絡みにくく小さなものも掴めるように「細い丸」に。


(グラデーションで断面形状が変わる菜箸)

持つ部分を少し長めにすることで、天ぷらなど熱いものを調理するときは先端から遠く、細かい作業をするときは先端から近いところを持てるように、使う人の好みや用途による自由度を上げています。


(箸先の5.5mmだけをシリコーンに)

キッチンツールの開発でいちばん苦労したのが、菜箸の先端の強度です。シリコーンゴムには鍋肌にやさしく、耐久性に優れ、金属音を立てない良さが。ただ、ナイロンとシリコーンゴムの菜箸は強度をつけるためにステンレスの芯材が入っているものがほとんどで、その分箸先が重くなります。

使いやすくするには箸先の軽さは大事。ただ、芯材を入れず最小限のシリコーンゴムを先端につけて強度を保つのが難しくて。工場の担当者から「こんなに小さなシリコーンはつけたことがない」と嘆かれながらも、笑顔で譲らない姿勢を貫きました(笑)。

強度のある菜箸ができた日は、やっと安心して、ぐっすり眠れました。

─ターナーの先端にもシリコーンゴムがついているのですね。

ターナーは、程よくしなって差し込める絶妙な幅でシリコーンゴムをつけました。シリコーンゴムは熱で溶けることもなく、フライパンを傷つけない。レビューをいただく中で、ハンバーグを焼いた後、さらにヘラとして使い、ソースをつくったという目から鱗のコメントもありました。


(先端がしなって差し込みやすいターナー

よくあるのは先に向かって末広がりな形ですが、フライパンに並ぶ隣の食材に当たらないようコンパクトな幅に見直し、かつ洗いやすいようスリット(穴)をなくすなどシンプルに。既存の形から削ぎ落とした結果です。

 

カラーから穴の形まで。こだわり抜いた美しさ

 
─ダークグレーとグレーの色味も絶妙です。

ナイロン製のキッチンツールの定番色はブラックですが、明るい色調のキッチン空間には馴染みにくい。一方、清潔感のあるホワイトは着色汚れが目立ってしまいます。

さまざまなナイロンとシリコーン素材で、あらゆる食材の着色汚れを検証したところ、カレーの黄色い着色がどうしても落ちにくくて。ただ、洗ってから半日ほど直射日光に当てると黄味が薄くなるんですね。


(素材と食材の着色度合いの検証結果の一部)

社員モニターやアンケートと共に実験を重ねて、キッチンに馴染みやすいダークグレーと、明るい色も楽しみつつ、着色汚れが目立ちにくいグレーの2色展開にすることを決めました。


(きほんのキッチンツール グレー)

─カラーひとつにもそんなこだわりが!

見た目の美しさにこだわるのもマーナらしさだなと思いまして。実は、吊るすための持ち手の穴の形状も眠れない日々が続いて……(笑)。

各ツールの握り心地を大切に、持ち手の幅やカーブの角度などがそれぞれ違うんです。でも、吊るして並べたときの印象が揃うように、細かく調整しています。試作品は相当数つくりましたね。

─機能性とデザイン、並ならぬ情熱で細部にまでこだわり抜いて「マーナの定番」が生まれたんですね。

開発期間の2年半、寝ても覚めてもキッチンツールのことを考えていました。オタクですよね。試作品を社員に使ってもらって、手の動きや表情を観察して、言葉にならない“使いにくさ”と“使いやすさ”を分析して……。ツールには好き嫌いがあるけれど、自分としては納得いくまで詰められたかなと思います。

料理が好きな方も、苦手な方も、お気に入りの道具で、少しでも料理がスムーズに楽しくなって、日々の暮らしが豊かになったら。開発者としてそれ以上の喜びはありません。「きほんのキッチンツール」で解消できそうな“もやりポイント”が一つでもあれば、ぜひ一度使ってみてください。

写真:土田 凌
文:徳 瑠里香