2025.9.5
第12回はエッセイストの広瀬裕子さんが登場。年を重ねても、軽やかに変化し、心地よさを選ぶ。その秘訣やお気に入りのマーナアイテムを伺いました。
エッセイストであり空間デザイン・ディレクターとしても活躍する広瀬裕子さん。60歳を目前に、瀬戸内の広々とした一軒家から、東京湾が一望できる川沿いのマンションへ住まいを移しました。
厳選された家具だけが並ぶ45㎡の部屋は、海の上にぷかぷか浮かんでいるような静寂さを湛えています。
その時、その場所で感じた心地よい生き方をエッセイで届けてきた広瀬さん。最近は引っ越しを機に、暮らしをダウンサイジング。ものを手放すことで、軽やかに進む姿が魅力です。
「年齢を重ねることは自然な変化だから、暮らしも変化するのが自然。部屋の広さが3分の1になったことで、ものが少ない方が生活しやすいと気づきました。実家じまいで片付けの大変さも実感しましたし、あれば便利と思っているものは、案外なくても平気」
思い切って手放したのは、25年間、愛用していた3人がけのソファ。一旦運び入れたものの、一人で使うには大きすぎました。時を共にしてきた喜びの詰まった家具でしたが、“今”にフォーカスして潔く。
「自力で運べないなど、ネガティブな気持ちがよぎることが苦手です。だから違和感に気づくことが大切。モヤモヤ、という曖昧な言葉で終わらせず“違和感の源は?”と、心の機微と向き合うことが心地よい暮らしにつながる」
広瀬さんが大事にしているのは、自らの心地よさを軸に選ぶこと。過去のエッセイでも繰り返し伝えられてきたメッセージです。
たとえば今、洋服や家具、日用品の色は3つに絞るのがルール。基本は黒、白、グレーで統一しています。
「10年前、建築の仕事に関わりはじめて“本当の美しさとは何か”という問いを、突き詰めて考えた時期がありました。その時、人が美しく見える空間は色数の少ない所だと気づいたんです」
「色が少ないとノイズも減るため、本質的なことが分かりやすくなる。“あれば便利・なくても平気”は色も同じ。もっと彩り豊かな方が楽しいと思う方もいると思いますが、誰かの心地よさは、自分とはあまり関係がないと思うんです」
50代半ばを過ぎた頃、思い切ってヘアカラーをやめて、グレイヘアーへ移行したことも、そう腑に落ちる大きなきっかけだったと話します。
「今の時代、人から楽しそうに見えることがすごく重視されていると感じます。でもね、幸せそうに見えるのと、幸せなことは違う。私にとって大事なのは、私が幸せかどうか。他の人からどう思われるかではなく、自分の心地よさを選びたい」
料理をする時、いつしか軽い道具を選ぶようになった広瀬さん。実はずっとコンパクトなまな板を探していたのだとか。
「普段は有次の大きなまな板を使っていますが、重さが負担に感じるようになっていて。インターネットで気軽なものを探していたものの、決め手に欠けて選べなかったんです」
「まな板Sはちょっとしたタイミングで、さっと使えるのがいい。薬味を切るとか食材を置いておきたいとか、ほんのちょっとした時を助けてくれます。白いまな板は切り傷が黄ばんでしまうけど、ダークグレーで傷もつきにくい」
広瀬さんの言葉を受け止めるうちに「私の心地よさって何だろう」と、自然と矢印が自分へ向かっていきます。
「こっちの方がわたしは幸せ。それを選んでいけばいい」
取材の最後にぽんと伝えてくれた言葉が、今も心に残って離れません。
写真と文:七緒